NPO法人FHCYアジア障害者パートナーズ

 2004年夏のツアー報告ダイジェスト版 







中村 彩子  北海道  養護学校教諭


(1)ツアー参加の動機

以前から諸外国、特に発展途上国において障害のある人々がどのような暮らしを送っているのかについて関心を抱いており、書物等で情報を得たりしていましたが、実際に自分の目で見て確かめたいという想いが強くなり、参加を決めました。

(2)タイの印象

アジアの発展途上国の中でも、タイは特にその力を蓄えてきていると聞いていますが、訪れるたびに景色が近代的なものになっていくのを感じ、特に首都バンコクの変化には驚かされました。ナコンシータマラートやハジャイでの様子は、バンコクとはまた違うものでしたが、人々の暮らしぶりを垣間見る中では、自分の想像以上に近代化された部分があることを感じました。これから、自国の自然環境や文化とどのように調和しながら、変化を遂げていくのかを考えさせられました。

(3)CBRケース訪問

  障害のある人々の生活場面にお邪魔し、お話を聞くことができ大変勉強になったプログラムでした。地域で二人のお子さんが普段どのような生活を送っているのか、ということや、衛生の問題、費用の問題、今後の支援の仕方等、まだまだ解決すべき事柄は多いことを知ることができました。諸外国の施策や考えを持ち込むことは発展の一歩になることは勿論ですが、それは地域にある物と技術を生かし、支える人々の結びつきがあってこそであって、改めて障害のある人々だけの問題ではなく、社会全体の課題であることを考えさせられました。


(4)小学校での交流授業(音楽・ゲーム・手品・折り紙)

 子ども達の好奇心旺盛な瞳がとても印象的でした。こちらの出し物にも、よく注目してくれていたと思いますが、一日だけの交流ではなく、長期に渡る滞在となったときには、どのような授業をするべきかを考えさせられました。(個人的な視点で、今回の交流授業の目的とは異なりますが)また、結果として、大人数を相手にした交流授業となったわけですが、その場合どのような内容が相応しかったのでしょうか。全員が楽しめる要素について、もう一度考える必要があるかと思いました。

(5) 障害児とその保護者との外出プログラム

 レスパイトが初めての試みであるということで、保護者の方々もお子さんを預けることに不安を感じておられたと思いますが、私にとってはこの機会を得られたことで子ども達と接する時間を持つことができ、ツアーが更に有意義なものとなりました。
また、寝食を共にしたり、移動中において親御さんとお子さんのかかわりを垣間見る中にも、日本との違いについて考える機会を頂きました。

(6)パークナコン保健所
 
 保健所としての活動内容を知る中で、タイの病院はどのようになっているのだろう、という疑問を持ちました。病院との連携等もあると思うのですが、もし可能であれば、一般の人々が利用する病院の実際を知る機会を得ることが出来たら、と思いました。

(7)その他

 ツアーでは、多くの人々との出逢いがありました。ナコンシータマラートでのスタッフやGOSODOの皆さん、そしてスタッフを含めツアーに参加された方々。この出逢いの中で、自分が感じたこと、教えて頂いたこと、これから大切にしていきたいと思ったこと、この全てが何よりの収穫となりました。このような機会を設けて頂けたことに、心より感謝します。







尾崎仁子 岡山県 盲学校教諭


(1)  
ツアー参加の動機


 同僚の樋口さんがからツアーのことを聞き、興味を持ったため。

(2)   タイの印象

 特にバンコクでは新と古、富と貧が一つの街の中に混在していたのが印象的だった。

(3)   CBRケース訪問

カイデーンくん
 思春期の男の子は、私たちの訪問をどのように感じているのだろうと思ったので、事前にCBRスタッフの方々が、私たちの訪問についてカイデーンくん自身にも了解を得て下さっていたと後に伺い、安心した。
カイデーンくんのために父親が製作された数々の器具を拝見し、教育の原点を改めて学んだ。個に応じた支援は一人ひとり異なるので、教育現場においては子どもに応じた教材・教具の開発、工夫をしていくことが大切だと思った。 

ビウちゃん
 ビウちゃんの笑顔が印象的だった。突然知らない人がたくさん来て驚いただろうと思う。ミルク代の高さに驚いた。子どもたちにより良い教育を考える前に、生活の経済安定が切実だけれど、なかなか経済的な支援が行き届いていないことを知った。  

 (4)小学校での交流授業(音楽・ゲーム・手品・折り紙)

 準備や当日の授業等、スタッフの方々や参加されたみなさんに大変お世話になりました。当初伺っていた人数の何倍もいて、あれほどの人数を前に立つのは教育実習以来だったので緊張した。


 栞・キーホルダー作り

  タイでは、日本よりも障害者は社会的に弱い立場に立っていると伺った。その中で、GOSODOの方々が子ども達に栞やキーホルダーの作り方を教える立場に立つこの活動はとても有意義で、また、作業所の方々にとっても自信につながるのではと感じた。

 

(5)障害児とその保護者との外出プログラム

  お母さんたちにとっては全く知らない人に子どもを預けて外出するのは心配だっただろうと思った。子どもたちも不安でいっぱいの2時間だったと思う。しかし、この時間をきっかけにお母さんたちとの距離が縮まった気がした。


(6)   パークナコン保健所


保健所で診察等を行なっていて、病院としての役割も担っていることを知った。自分自身日本の保健所について勉強不足だったので、分からないことが多かった。

(7)   その他

 上述のように、日本の障害者施策や施設等、日本のことを知らないことが多く、反省した。今回のツアーも勉強になったが、もっと日本のことを勉強していれば、また違う見方ができただろうと思う。                 

 スタッフの方々には大変お世話になりました。ありがとうございました 








樋口美智代   岡山県  盲学校非常勤教諭


(1)ツアー参加の動機

国際ボランティアのようなことに憧れていて興味がありました。頭の中で考えるのも大切で考えるべきこともたくさんあるんだろうなと思いつつ、少しでも行動に移してみようと気軽に参加してしまいました。

(2)タイの印象

タイはなんとかなるさののんびりしたところと勢いのある国だという印象を持ちました。
バンコクでは、タイの文化の中に、外国者や人がとても多かったので本当にタイにいるのかと思う場面もありました。ナコンシータマラートでは毎朝のイスラムのお祈りが目覚ましになってことが不思議な体験でした。タイ料理もとてもおいしかったです。タイは華やかな都会の一方、スラムやエイズ、貧富の差、国境地帯の緊迫した状況など様々な問題も抱えていることも知りました。ただの旅行だったらタイの印象は違ったかもしれません。

 

(3)CBRケース訪問


 実際にプログラムを受けている子どもたちを訪問できるのはとても貴重な体験でした。家族の方が子どもたちのことをとても愛してること、そしてCBRのスタッフと強い信頼関係があることを感じました。また、ビウちゃんのケースの場合、プログラムのことを知るまでに時間がかかったようでしたが、プログラムを受ける側と提供する側がお互いの情報をできるだけ早く、多く知ることは重要なことだと感じました。情報得るか得ないかは子どもたちとその家族の生活や人生に関わることなので、情報が行き届くことは日本もタイも同じ課題だと感じました。

(4)小学校での交流授業(音楽・ゲーム・手品・折り紙)


 なんといっても子どもの人数が当初の予定より何倍も多かったことが衝撃的でした。しかし、私たちがステージに立ったとき、たくさんの子どもたちの熱い視線がいっせいに向けられたり、大きな歓声をあげてくれたりととても感動しました。スタッフやツアー参加者のみなさんのアイディアとチームワークでできた授業は成功だったと思います。また、GoSoDoのみなさんが自分たちの活動をこれからのタイを担う子どもたちに披露したこの活動が、将来に向けタイの障害児者の正しい理解につながるのなら、このような機会はとても価値のあるものだと感じます。ぜひそうなることを願います。贅沢を言えば、子どもたちやGoSoDoの方たちと接する時間がもってあればよかったなと感じました。

(5)障害児とその保護者との外出プログラム

 何といっても子どもたちの笑顔が最高でした。安和笑顔を見せることが出来るのは、家族やCBRのスタッフなど多く人から大切に育てられているからだと思います。お母さんたちが子どもたちと接する姿を見ているだけで自分も優しい気持ちになりました。また、お買物をしているお母さんたちがとても楽しそうでうれしく思いました。レスパイトのあとぐっとお母さんたちとの距離が縮まった気がしました。このような機会が増えればと思います。


(6)パークナコン保健所

 二人のスタッフがさまざまな仕事や活動をしなければならないということなので本当に忙しいと思いますが、私たちのような見学や学生の研修などを受け入れているということで、村の人々の生活に大きく関わる保健という分野をよりよくしようとする熱心さに感動しました。また、多くのボランティアさんが活動していることに驚きました。タイの舞踊を取り入れた体操などいろいろなアイディアを考えられており、またそれを実際に体験できてよかったです。

(7)その他
 とにかく素敵な人々との出逢い、タイの貴重な体験など私にとって内容の濃いツアーでした。また、タイにいるのに地方の話など日本のことについてたくさん話をしたことも貴重な体験でした。そして、ツアーで出逢ったみなさんの生き方や優しさなどなどいろいろと私にとって刺激的でした。
 このツアーを開催するにあたって、現地スタッフ、日本スタッフの方々にとっては、私たちが知らないような苦労などがたくさんあったのではないかと思います。その苦労に支えられて本当に楽しく、無事に過ごすことができました。旅で出逢ったみなさんにコップンマーカー。








福田真理  大阪府  養護学校教諭



(1)ツアー参加の動機

 ツアー中、萩原さんから「どうして2度目になるこのツアーに参加されたのですか」と質問された時、自分でもよく理由が分からずに「何となく・・・ですかねえ」とあいまいな返事をしました。それから後、自分でも「何故だったかなあ」と思い続けておりました。帰ってきてからしばらくして、申し込みをすることを決めた頃のことを思い出しました。それはイラクの人質事件の後で、日本では人質になった人たちへのいわゆる自己責任の追及が渦巻いていた頃です。私はそのことにショックを受け、日本人のそういうところが悲しくて嫌になって、私も海外で何かしたくなったのでした。そんな気分があってFHCYのホームページを開けたんだということをすっかり忘れてしまっていたのでした。


(2)タイの印象
 皇后様のお誕生日と重なったおかげでタイの人たちと皇室との関係がかいま見られたことが印象的でした。
タイ料理の美味しさと辛さです。日本に帰ってきてからしばらくは、日本の料理が物足りなくて刺激物を求めたものです。出会った人はみんな優しくて逞しく感じました。わずかではありましたがメンバーの人たちとタイ語を覚えて、タイの人と直接話せたのはとても嬉しい経験でした。


(3) CBRケース訪問

 3年前と比べてCBRが地域に根付いてきていると感じました。それは最初に聞いたサマンヤさんの講義(?)からも感じましたし、GoSoDoの存在からも感じました。リーダー的な存在が充分育っていないと聞いたGoSoDo作業所の人たちも、いずれ自分たちの中からいろいろな人材を生み出して行くのではないでしょうか。 家庭訪問」のプログラムはとても良かったです。このプログラムがあることで、このツアーの意義がいっそう深まったような気がするのです。ビウちゃんは両親が仕事に行っている間、おばあさんと過ごしていて寝かされきり状態なのがやはりかわいそうに感じました。お母さんが仕事から帰って来た時に彼女が笑顔を見せると聞き、人を求める気持ちのあるビウちゃんに、いつか訪問教育や行ける学校ができる日が来るといいと願いました。 カイデーン君にも同じ年代の友だち集団があれば、きっと楽しく過ごすことだろうと感じました。それにしてもお父さんの熱意には敬服しました。
 サマンヤさんがCBRのケースが多くて家庭を充分に回れないと言っておられました。そのためのスタッフが増えたらいいですね。


(4)   学校での交流授業

30名位かと思っていた生徒の人数が、言ってみたら400名位だったのには驚き。そして、その時少しもあわてないスタッフとメンバーにも驚きました。私の担当した音楽療法の「ドナウ川のさざ波」を、メンバーみんなで練習したのは楽しかったです。授業でタイの子どもたちと一緒にできたことも含めて「音楽って誰とでも一緒にできていいなあ」と改めて思いました。手品でマンゴスチンを使ったのは、その土地のものを使うことができたとして自己流手品師の私としてはちょっぴり嬉しい気持ちです。和田さんの教えてくださった「ポップ ガン マイナ カー」の歌が今でも心に残っています。このツアーのテーマソングでしたね。GoSoDoの作業所のメンバーの栞づくりは作業所の人たちはどう感じたのでしょう。感想を聞いてみたいです。私には誇らしげに見えました。

(6)親子外出プログラム


 ツアー全体を振り返って視覚的にすぐに浮かんでくるのは赤いトラックです。風を切って、タイの人たちや暮らしや自然を眺めながら走るのはとても気持ちが良かったです。お母さんとは言葉は通じなかったけど、時間が経つに連れてだんだんとお互いがなじんできて仲良くなれました。お母さん達が子ども達をとてもかわいがっている様子がよく分かったし、お母さん達が楽しそうにおしゃべりしたり、次々と食べ物を出してきて食べ続けるようすは見ていて楽しかったです。私たちもいろいろいただき、おいしかったです。レスパイトケアをしつつ交代で街に出た時、買い物中のお母さん達に出会いました。子どもといる時とは違った顔がそこにはありました。今までより生き生きして若々しく見えました。それから、お母さん達が買い物から帰ってきた時、手に手に子ども達へのおみやげに素敵なおもちゃを買ってきておられたのには感動しました。もと長時間レスパイトケアをしてお母さん達にゆっくり時間を使ってもらっても良かったと思いました。夕食に時間がかかってしまい、予定されていたお母さん達との交流会ができなかったのは残念でしたね。自己紹介をし合ったら、もっとお互いが親しみを感じたことと思います。
 旅の途中に寄った博物館は素敵でした。階段はしんどかったですが、タイの普通の人たちの暮らしが見えるもので、作った人の情熱を感じました。


(7)パークナコン保健所

 私たちのためにたくさんの保健ボランティアの人やお年寄りの方が待っていて体操を見せてくださったのには恐縮しました。老人や障害者のための福祉施設がない土地で、保健所が福祉の役割も担っていて保健ボランティアさんが心配な家庭をのぞきにいったりするとのこと。日本の昔もそんな感じだったなあと思い出しました。(いや、私はほんの赤ん坊だった時ですが・・)

(8)   その他


 とても面白かったのは、見知らぬ人たちがバンコクで始めて出会い、徐々に知り合ってひとつのグループになっていく様子です。最初はみんなちょっとよそ行きの顔だったのが、様子をみながら少しずつ自分を出して心を開いていきました。そして最後には全員が、グループにとってなくてはならない存在になっていったのは素晴らしい体験でした。サマンヤさんとラトリーさんの人柄がにじみ出たサポートも心に残りました。「ニーサイ マイディー」という時のラトリーさんの表情、サマンヤさんの素敵にしなう指と笑顔。私たちには見えないところで、このお二人がどんなにか事前の準備をしたり当日の心配りをしてくださったことかと思います。一週間が楽しく意義深い日々であったことを本当にお二人に感謝したいです。
 GoSoDoの2階で夜中の3時まで話し込んだ女性4人。隣の部屋に和田さんが用心棒としていてくださったから安心していました。なんせゴキブリ一匹をみんなで大騒ぎして外に追い出した、か弱い4人でしたから。その4人で「同和問題について」「教育行政について」「戦争と障害者の関係について」など深?く話しましたね。ナチスドイツの障害者安楽死計   画についてまで話しました。若い人たちがすごく真面目に話を聞いたり意見を述べたりしてくれたことが私はとても嬉しかったです。
CBRの事務所に泊まったもう一つのグループも、なかなかいい話ができたそうですね。乙武論に花が咲いたとか・・・。
 ツアーの間、メンバーの中で流行した言葉は「パヤヤ?ン」(頑張る)でした。日本に帰って来てから思いました。「マイペンライ」の国で「パヤヤ?ン」を連発していた私たちって、やっぱり日本人なんだなあって・・。

そして、3人のスタッフ!小俣さん、和田さん、萩原さんのトリオは絶妙な取り合わせでした。太っ腹(見た目ではなくってです)なところと繊細なところが同居しているところが魅力的な萩原さん。たくさんおしゃべりしたけど、もっともっと話したかったです。 和田さんは想像していたのと全然違っていてびっくりしました。だって養護学校の先生なのに(偏見あり)すっきり系の貴公子さんみたいでしたから・・。日本にいてあんなにタイ語が話せるようになるなんて努力の人なんですねえ。 小俣さんはもう存在がタイツアーそのものですね。途中で腕が上がらないくらい痛くなったのは、もう治りましたか?
 本当にこのツアーが楽しかったのはみなさんのおかげです。ありがとうございました。 日本で留守番チームのスタッフさんにも支えてもらいました。ありがとうございました。中村さん、大宮さん、樋口さん、尾崎さん、高橋さん、高畑さん、お元気ですか?ポップガン マイナカー! そしてどの地にあっても、やっぱり パヤヤ?ン!








大宮香織  長野県 元障害者授産所職員


(1)ツアー参加の動機

 
3年ほど前にFHCYを知ったときから、タイの障害者の方との交流や施設訪問などが出来るこのツアーには参加したかったのですが、就職をしてからは休みが取れずにいました。この春に退職をし、3年越しの願いがやっと叶いました。

(2)タイの印象(バンコク、ナコンでの観光なども含めて)

 タイは私の大好きな国で、何度か行きましたが、ツアーの参加者のみなさんや、スタッフのみなさんという大勢の方との行動は初めてだったので、今まで見たことのある景色もまた違って見え、タイの魅力の奥深さを感じました。特にみなさんで食べた食事はいつも楽しく美味しかったです。

(3)CBRケース訪問

ビウちゃん 

 タイの昔ながらの家といった感じで、ビウちゃんは最初ハンモックに寝ていました。とても小さな体ですが、お母さんに似て目のパッチリしたかわいい女の子でした。大勢で訪問したので緊張しているようにも見えましたが、お母さんがいると笑顔になったりと素顔も見せてくれました。お母さんがCBRを知ったのはカイデーン君のご両親からの紹介があったとのことで、ご近所の付き合いがしっかりしていることが分かりました。家庭ではお母さんだけでなく同居している祖父母も協力している様子でした。食事は粉の栄養ミルクだけで摂っているそうです。月に一度はCBRの職員が訪問したりと定期的な支援があるようですが、ビウちゃんが外に出ることはないようでした。お母さんが、ミルク代がかかる、と言っていました。理想としてはミルクだけでなく他のものでも栄養を摂らなければいけないと思うのですが、ミルクだけで精一杯ということに、障害の手当ての厳しさを感じました。
カイデーン君 

 カイデーン君はとても背が高く、たくましい青年といった印象でした。説明をしてくれたお父さんは大工の仕事をしているそうで、お宅に置かれていたリハビリ遊具は全部お父さんの手作りでした。カイデーン君がもっと幼い時に使っていたとのことで、どの遊具もリハビリを楽しんでやれるような工夫がされていました。お父さんはカイデーン君の障害が少しでも軽くなるように熱心に勉強や努力を惜しまなかったことがよくわかり、親の子に対する愛情の深さをひしひしと感じました。現在カイデーン君の家は近所の障害児の親の方々が集まったりと、情報を発信する場ともなっているようです。CBRの活動を行うことによって保護者の方々が動き、病院が動き、と繋がっていき、連携がうまくいくことが本当に大事なことがよく分かりました。

(4)小学校での交流授業


 打ち合わせの時間は少なかったにもかかわらず、みんなで力を合わせた成果があり、想像をはるかに超えた小学生みんなが楽しんでくれる交流会になりました。「大きなくりの木の下で」・「ドナウ川のさざなみ」、で息を合わせ、マジックショー・玉送りゲームでとても盛り上がり、最後には「また会える日まで」で“ポッカンマイナカ”を子どもたちと一緒に歌い、みんなの心が一つになった気がしました。小学校の子どもたちの流暢な英語には驚かされてしまいました。この日の為に練習していてくれたと思うととても嬉しく、感動しました。 GOSODOの方のココナッツダンスは、ステキな衣装とお化粧で気合十分で挑み、長い曲にもかかわらず疲れた様子も見せず完璧に踊ってくれました。
 午後のクラスでの交流では折り紙でお花と紙相撲をつくり、作った紙相撲でゲームもしました。手の器用なGOSODOのみなさんの助けもあり、子ども達も上手に作ることができました。GOSODOの製品であるドライフラワーでの栞作りは子ども達はもちろん私も夢中になってしまいました。GOSODOのみなさんはさりげなく子ども達にアドバイスをしてあげたりと、栞作りを通して交流できたことは双方にとってとても良い機会だったと思います。

(5)障害児とその保護者との外出プログラム

 5組のご家族と
FHCYのみんなで大きな赤いソンテウに乗って一泊旅行へ行きました。ソンテウに最高3時間揺られみんなの頭はひとまわり大きくなったりもしましたが、南タイののどかな景色、ソンクラ―の海岸を眺めてのドライブは最高でした。少しオシリも痛かったりするのですが、保護者の方々はそんな素振りすらなく、お母さん同士とても楽しそうにおしゃべりをしていました。
 このプログラムで一番印象に残っているのは、子どもは私たちが預かり、その間にお母さんたちがショッピングに行くレスパイトの時間のことです。ショッピングをしているお母さんたちに偶然会いましたが、子ども達といる時のお母さんの顔ではなく、女の子の顔になってとても楽しんでくれていることが一目で分かったことです。何を買ったか聞くと、自分の物ではなくて、子どもへのおもちゃやお菓子を買っていたことに心を打たれてしまいました。お母さんのいない間、二歳の男の子は泣いてしまいましたが、他の子たちは私たちと一緒に遊んでくれました。同じ部屋に泊まったこともあり緊張もほぐれ、のんびりとした交流ができたと思います。障害児を持つお母さんの素顔を少しでも見れたことはとても貴重な体験でした。

(6)パークナコン保健所

 職員二人、その他は保健ボランティアという状況にもかかわらず、診療所、健康作り、小学校・高齢者への健康指導、病気予防、健康管理、などなど沢山の活動を4700人もいる地域で行っていることにとても驚きました。保健ボランティアは65名いて、職員二人ではまわりきれない家庭を、近くに住む保健ボランティアが訪問したりもしているとのことでした。地域の人たちが自然に助け合っているこのかたちは、私は理想的に感じました

(7)その他
 
 スタディーツアーでいつも気を配って下さったサマンヤさん、ラトリーさん、
CBRの仕事が忙しい中本当にありがとうございました。通訳はもちろんのこといつも頼りきってしまいました、小俣さん、和田さん、萩原さん、内容のとっても濃いツアーを作っていただいき本当に本当にありがとうございました。タイに来ると毎回毎回色々な事を学んで帰るのですが、今回は気持ち新たにタイと向き合い、自分も頑張らなくてはと漠然とですが考えさせられました。このツアーで体験したことは一生忘れられない宝物になりました。この宝物は閉って置くのではなくてちょくちょく開けてみて噛みしめたいと思っています。本当にありがとうございました。






高橋香利 東京都 大学生


(1)ツアー参加の動機
 
 2年前にもこのツアーに参加させていただいたのですが、その時のタイの子ども達の笑顔が忘れられなかったこと、また、今回はCBRについて卒論を書こうと思い参加しました。

(2)タイの印象

 2年前に行った時は、友達と行動していたのであんまり日本と変わらないという印象でしたが、今回は何日間か一人で行動していたので、いろいろな誘惑が多いのだなと感じました。王宮に行ったとき、正面はとてもきれいな黄金だったのに裏を見たら、黄色く色が塗ってあったのに思わずタイを感じてしまいました。ナコンでは、サマンヤさんやラトリーさんをはじめ、いろいろな方が本当に良くしてくださって、ますますナコンが好きになりました。

(3)
CBRケース訪問


 2年前に訪問させていただいた家はわりと裕福であったのかなというのが正直な感想でした。障害の程度によってもその子どもにかかるお金は違うと思うのですが、ビウちゃんの家を訪問した時、障害の手当がてもらえていないということを聞いて、ますます障害手当ての配布の仕方に疑問を感じました。CBRではミルク代や食費の援助をしていると聞き、CBRの不可欠さを実感しました。また、蟻に食べられて亡くなってしまう赤ちゃんもいると聞いたのが非常に印象に残っています。
 カイデーンくんの家では、何よりも彼のお父さんが作ったというリハビリの器具の数々が忘れられません。日本でも十分使えるのではないかと思ったとともにお父さんの愛情の深さに、とても心を打たれました。

(4)交流授業、GoSoDo
 
 小学校での交流授業は思ったよりもあっさり終わってしまったという印象です。メインは外出プログラムだったかもしれませんが、1日では交流も深められずせっかく仲良くなってもすぐにお別れというのは少し寂しかったです。ただ、ミュージックケアや、大きな栗の木の下で、手品や歌、ゲームなど様々な企画がとてもよく、みんなで楽しめたのはとてもよかったし、自分自身もとても勉強になりました。
 午後の折り紙や、GoSoDoの方たちの指導のもとに作ったキーホルダーは、お互いに教えあいながらできて、とてもよかったです。ただ、折り紙は好き嫌いがあるかなと思いました。

(5)
外出プログラム

 やはり一番思い出に残っています。ハジャイまでは移動時間がとても長かったですが、自然を見ながら、自然の風を感じながらの赤いバスでの思い出は宝物です。泊まったお寺は、想像をはるかに超えて美しく、トッケーと一緒にシャワーを浴びることを覚悟していた私には少し物足りませんでしたが、反面とても安心しました。マレーシアに近いということもあり、マレーシアの気分も味わえてよかったです。
 レスパイトケアでは、たった一時間という短い時間だったのにとても長く感じました。楽しく絵を描いていたのに急に飽きてしまったり、風船で遊んでも、初めは笑っていたのに急に泣き顔になってしまったりと予測不可能な子どもたち。母の偉大さを痛感しました。帰ってきたお母さん達がこどものおもちゃを買ってきているのを見たときは、温かい気持ちになりました。レスパイトケアはまだ珍しいことのようなので、少しずつ普及していったらいいと思いました。

(6)
パークナコン保健所

 2回目の保健所でしたが、1回目とは全く違い、保健ボランティアさんの体操を見ることができてとてもよかったです。とても長い体操でしたが、短くアレンジしたら日本でも人気が出るのではないかと思いました。2年前はとても青くきれいに澄んでいた河が茶色くにごって見えたのは、自分の心が濁ってきたというあらわれなのかな・・・

(7)その他

 CBRのオフィスに泊まることができたのが私はとてもよかったです。小学校の子供たちとはあまりふれあえなかったけど、サマンヤさんやラトリーさんに少しでも話を聞ける機会があったことが、ありがたかったです。






<2004年夏 ワークツアーを振り返って>


 ツアーの始まる前日、チャオプラヤー川のほとりでたたずんでいると、雨季特有のどんよりした曇り空に大きな虹がかかるのを見ました。近代的で大きなホテルと古い寺院をバックに、それは幻想的で美しい風景でした。

 バンコクに集まってナコンシータマラートを旅した78日間、そこで出会ったタイの人たち、交わした言葉、濃密な南国の空気と激しいスコール、ナンプラーとパクチーの香り。帰国して日常の生活に戻ると、それらすべてがまるであの曇り空の虹のように本当にあったことなのかどうか確信が持てなくなってきます。

 タイの小学校の教室で、障害児の家族と過ごしたバスの中で、CBRケースの障害児の家庭で、そしてFCDのオフィスでタイの人たちとともに過ごした時間は「国際協力」というには小さな小さな出来事かもしれませんが、まちがいなく言葉の壁を超えて思いを共有できた時間でした。

ナコンシータマラートへ向かう夜行列車、スコールでびしょ濡れのソンテウ、チンチョが見守る食堂、ハジャイへ向かうおんぼろバス、王妃の誕生日を祝う打ち上げ花火、思い出はいつもツアーメンバーの笑顔とともにあります。日本では知り合うはずもなかった人たちと出会えて本当に良かったと思います。

タイの障害者を取り巻く現状を考えると、こんな思いもわずかな期間を旅する外国人の感傷に過ぎないのでしょう。それでもまたもう一度あの人たちに会いたくて、そしてまた新たな出会いを求めて、これからもバンコク行きの飛行機に乗りこむのだと思います。

そしてもしできるなら、今回のツアーメンバーと、あの曇り空の下で再会したいと思っています。

                          
FHCYアジア障害者パートナーズ 和田潤児


 北海道・東京・横浜・愛知・大阪・岡山と全国各地からいろいろな個性を持った人が、異国の地で1週間寝食を共にし、協力してプログラムをこなす。そんな中で自分の思いを話したり、他人の思いを聞いたりしながら何かをつかんで、そしてお互いに別れを惜しみながらまたそれぞれの生活に戻っていく……。そんな出会いがとてもうれしくて、感動的で、また参加していろいろな人と会いたいなと思ってしまいます。

 今私達は、自分が置かれている状況を基準もしくは当たり前だと考えてしまい、それに達していないものは“おかしい、よくない、普通じゃない”と錯覚しがちになっています。しかし、日本以外の国で、このようなツアーに参加することによって“何がいいのか、悪いのか、何が普通なのか”ということをもう一度考えさせてくれます。あまりにも豊かになってしまった日本で、忘れかけていたものを思い出させてくれるような気がします。

 今回のツアーの内容は、実際に現地の人たちと接する機会の多いプログラムでした。現地の人の“マイペンライ”の精神で戸惑ったこともありましたが、参加された皆さんが積極的でお互い協力し合い、また私達も“マイペンライ”の精神を持っていたため(?)、乗り切れたこともありました。

 夜行列車に乗って旅は始まり、家庭訪問、小学校での子供達のやんちゃな笑顔やはにかんだ笑顔、障害を持った子供とお母さんの愛情、そしてサマンヤさんラトリーさんの細やかなお気遣い…。昨日のことのように思い出されます。そして、ナコンシータマラートでの最後の夜、王妃様の誕生日ということで村で行なわれていたお祭りに飛び入り参加し、急遽舞台の上で歌を歌い村の人たちと踊りを踊った帰り道、夜風を感じながら車から身を乗り出して満天の星空を眺めていたことも、忘れることはないでしょう。

 最後になりましたが、このツアーを様々なかたちでサポートしてくださった、日本側及び現地のスタッフの方々、GoSoDoのメンバーの方々に感謝いたします。そして、ツアーに参加された皆さん、沢山のパワーを下さってありがとうございました。これからの皆さんの更なるご活躍を、遥かタイの空よりお祈りしています。

                           FHCYアジア障害者パートナーズ 萩原悦子










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